塵書き

日記とか詩とか、言葉の落書きとか。思うままに。

夏が過ぎ、秋の涼しさが顔を出し始めたこの日々に感じるものはなにもない。

否、ないわけではないが、それは私の触れていいものでは無いのだ。

孤独は埋められない

 

少し居眠りをして、雨音に目を開けた。

雨音が織り成す変奏曲は、僕を人間の喧騒から遠ざけるように響いていて、とても嬉しかった。

聞き慣れた声に聞こえないフリをするのを、雨は手助けしてくれているようだった。

 

「それを見る必要はない」

「感傷に浸ることなんてない」

「思い出にはなにもない」

 

何度も言い聞かせたことだ。

また同じ気持ちになって、同じ過ちを繰り返そうとする自分に、呆れたようなため息をつく。

 

雨音は僕の何もかもを誤魔化して隠してくれる。

世界は僕のものだ。

夢、ひとつめ

「マウスはいりませんか」

 

すこし嗄れた男のものの声が、路上に響く。

その男は赤い頭巾を被っており、目元は見えないが、その立ち居振る舞いが美麗な青年であることを示している。

しかし、そんな男の声に耳を傾ける者も、男の姿に目を奪われる者もいない。

それはまるで、そこにそもそも存在してないような錯覚さえ覚えさせるほどだった。

 

「マウスはいりませんか」

 

男は引き続き、籠にこんもりと詰められたPCマウスを売り続ける。

そう、PCマウスである。

パソコンのカーソルを動かす時に使うアレであり、ダブルクリックをする音が心地よいアレである。

 

そら売れるわけねえ

 

などと思っていると、赤頭巾の向こうと目が合った。

 

 

 

気がつくと、居酒屋にいた。

目の前には、目が合ったままの青年が、僕に一抹の期待を寄せるような表情を向けている。

両隣の老けた男どもの、まるで賊のような下賎な笑い声が響く。

不快感を覚えた。

 

 

夢はそこで終わった。

 

忘れものは拾えない

晩夏の夕焼けに目を眩ませた。

 

遠い、遠い数日間の記憶はきっと夢になる。

笑えない思い出のひとつがまた増えてしまった。

 

もうすぐ秋になる。

 

段々と冬の呼吸が、冷たさを孕んだ真白な着物たちが私を包み込んでいくのは、寂しさも優しさも同居させたような、違和感そのものの空気に安心と温もりを感じてしまう性質がそうさせるのかもしれない。

 

冬が来る。

 

まただ。また私は見えないモノに囚われている。

掴めない居心地をさんざ抱きかかえようと必死になる。

それは夏の記憶だ。

ついぞ置き去りにできないままもう大人になってしまう。

 

否、むしろ大人になれない自分がそこにいる。

夢や目標は、自分が自分たらしめるための確たる証拠で、同時にそれは大人になるためのパスポートだ。

 

大人のフリをする子供をたくさん見てきた。うんざりするくらいだ。

軽蔑した、嘲笑った、ああはなるまいと誓った

 

それがどうだ。

 

もう冬になる。

 

夏に留まっている私は未だに大きな積乱雲を追っている。

置き去りにされていたのは、私だった。

 

夕暮れ、車窓の向こうを見る

嵐の前触れのような黒々とした空を見ていた。

この空模様は一過性のもので、明日の朝にはまた綺麗で澄んだ青空が広がっているのだと、天気予報は告げた。

空にすら劣る私の心象は、曇り淀み続けてどれくらい経ったのだろうか。

明日に希望を持つことに嬉々とした表情を浮かべることは、いつの間にかできなくなっていた。

不確定で不確実な未来に対して期待をするほど、今の私は身体を引き裂くような叫びを耳の中に閉じ込めた。

音楽を聴くと心が落ち着くのは、自分の身体と心を傷つけながら癒すことができるからなのかもしれない。

身体の一つ一つを削るように、自分の心と個性を剥がしていこうとする。

瘡蓋は重荷で、剥けば自分は身軽になっていくと思っていた。

隠していた傷が再び垣間見得るが、そんな痛みは気にしない。

……気にするほどの余裕がないのかもしれないが。

私に残っているものはもう殆ど、残っていない。この肉体とこの精神は抜け殻となりつつあった。

命を特性と個性で包むのは、自分を自分たらしめるために育んでいかなければならないものだったんだと、今更ながらに気付かされる。

至るのが遅すぎた。

やり直しなんてきかない現実に打ちのめされた私は、これからどこに進んでいくのだろうか。

不確定な未来に希望なんてないが、同時に不安も絶望もない。

あるのは虚無と、諦めになっていた。

 

なにも無いのと同じだ

 

熱の中、思う

人になりたかった

 

朝起きて、出かけ

友と他愛ない話をして

快い疲労感を背負い

家に着いて

温かい食卓を囲み

身体を癒す湯を浴び

微睡みに身を委ねて朝を待つ

 

こんなことでよかった

 

世界はもっと単純だと思っていた

自分の中にある漠然とした未来の私は

笑顔じゃなかった

 

夏は青春の香りがする

心の底から蔑みたくなるような、甘ったるい菓子をたくさん食べたような

そんな、お腹いっぱいの気分になる

それで気分が満たされることはなかった

いつまでも自分の中に蟠る

名前のないたくさんの出来事が

私の足元から腕のように延びて絡みつく

 

もっと楽に生きたかった

くだらないことで笑えてるやつを軽蔑してたのは

そこに嫉妬心があったからなのかもしれない

もっと軽薄になりたかった

明確な夢を持ってそこに無我夢中で突っ走る

あいつらを眩しく感じた

 

そんな夢を見た

 

目を覚ました私は、虚空に手を伸ばしていた

冷感

血管を冷やせば、自分のなかの憤りも冷めると思っていた。

冷静になればなるほど、募るのは人の卑しい部分を見つけてしまう自分がいる。

嫌な部分を見つけては、憤り、冷めて、また見つけ、憤り、冷める…を延々と繰り返している。

 

頭の中では、わかっているはずだった

自分と他人と、そのまた他人は、同じ形をした別の生き物だという踏ん切りがついているはずだった

 

いや、踏ん切りがついていたからこそ、怒っているのかもしれない。熱くなっているのかもしれない。

 

ただそこを指摘できない自分に恥じ入る

 

相手の個性を受け入れているなら、私が人の卑しい部分が嫌いだという理解があるなら、私はそれが嫌だと相手に伝えることなど造作もないはずだ。

 

遠慮があるのだ。親密ではないのだ。

いままで仲良くしていたあの人、あの子、あの方さえも、自分は弁えてしまう。

拒絶することを直ぐに起こせないのは、自らの未熟と、相手に対する信頼を築いていないからなのか。

 

恥ずかしい、恥ずかしい

こんな惨めさに今頃気づいた自分が恥ずかしい

叶うならば、もう一度やり直したいものだと、そう願ってしまうのだ。

 

 

間違いしかない

当たり前の日々を過ごしているこの日常が嫌いだ

 

「人間」という言葉に違和感を覚える

 

確かに私たちは霊長類ヒト科ヒト目で、同種の生き物だ。生まれ、育ち、老い、死ぬという生の奔流には逆らえない

 

でもその思想は様々だ。生まれた場所、育った環境…生きていく中での経験は人それぞれだ

 

それでも「同じ人間じゃないか」などという薄っぺらな言葉が吐けるか?

 

人は同じようでいて本質や根底の思考は全く違う

 

理性と感情を備える霊長類ヒト科ヒト目はその人の固有名詞に準じた生き物だ

それ以上でもそれ以下でもない

 

私は「人間」という無責任な言葉を憎む

 

カテゴライズされたそれを集団の常識として振りかざす社会は私からすれば生きた心地のしない地獄と何ら変わりはない

 

私は生まれ落ちたその日から地獄に身を投じた

 

似たような服装で似たような話をするあの生き物に気味悪さしか感じない

 

誰かを目標にするのと誰かを模倣するのは全く違うことだ

 

社会という共同体は、人を「人間」としか見ていない。無機質な構造をしているそれを甘んじて受け入れたくはない。私の傲慢だろうか